プロフィール

始めまして、まきこま と申します。

まずは、簡単に経歴、プロフィールなどを書こうと思います。

僕の職歴は、おそらく一般の方よりかは多いと思われ、
主に販売業(都内デパ地下の食品売り場)、
変わったものだと、焼き鳥屋の販売ではなく焼くほう、
餅つきの実演販売(これが原因で慢性腱鞘炎になりました)
など、何でも働いてきました。

しかし、このまま販売業だけやっていても、収入が上がる見込みはない。
長くは続かないなと考えていました。

そして、10年前の年齢29歳。

世間ではもう、オッサンと呼ばれだす年齢です。

その当時、たまたま求人にあった靴修理、合鍵作成などを
行う仕事を見つけ、転職。

全くの未経験でありながら主に靴修理の仕事を始めました。

僕は、昔から自分の技術のみで食べていける職人業に憧れを持っていたので
靴修理の仕事はまさにうってつけ。

最初は全くのド下手でした。

しかし、さすがに先輩に怒られながらも
2年ほど続けていると作業スキルも上がり
支店の店舗も任せられるようになり
だんだんとスキルが上がっていきました 。

お客さんが持ってきたボロボロの靴を綺麗に仕上げたり、
ハイヒールのヒールが削れ過ぎて、「もう履かないほうがいいんじゃないの?」
っていう靴でも、お客さんがどうしても、これからも履いていきたい
という希望があれば、何とか履けるように修理をし手上げようと思いました。

修理が終わり、綺麗にまた履けるように
仕上がった靴を見たお客さんのビックリしたような笑顔と
「ありがとうw」という言葉は本当にうれしいものでした 。

まさに、 自分のスキルで人を喜ばせられる
そんな気持ちだけで、仕事をしていました。

しかし

給料がものすごく安かったんですね。
基本月収が20万固定でした。

いくら売り上げが上がろうが
いくらスキルが上がろうが
もし、残業をしたとしても

毎月、20万。

収入が高ければ、正直言うと、今でもその仕事をやってもいいなとは思います。
靴がきれいに仕上がった時は、自分で自分をほめたくなっちゃいます。
自分に誇りがもてます。

でもね

その収入では生活していけませんよ。
もう30を過ぎていました。

子供の頃、描いていた大人ってイメージとは大違いのド貧乏。
子供の頃の自分に謝りたいです。

「期待させちゃって、ごめんね」
と。

もう、ヤバい 。
こんな生活を緊急脱出しないとやばすぎる。

そして、運命の日は近づいてきました

僕はかなりのアナログ人間で
パソコンはまだ持っていませんでした。

むしろパソコンは要らない。
一生、自分には必要ない。
とすら、思っていました。

購入したテレビ、ビデオなど設置する際も
いまだにやり方がよく判らない。

妻のほうが詳しいので、妻に設置などをいつもしてもらい、
この先も機械オンチのまま一生を終えるんだろう。
と、思っていた矢先。

やっぱり、このままじゃいかん!
と、また職を変えようと決意。

そこで、本屋に行き、求人雑誌で仕事情報を得ようとぷらぷらしているときに
一冊の雑誌に出会いました。

それは、「DTP WORLD」という、雑誌でした。

知りませんか?
現在はもう、廃刊しているらしいです。

僕は現在休止中ではありますが
バンド(ギター担当です)をやっており
昔のレコード、CDジャケットなども好きで、
よくジャケ買い(CDの見た目だけで買うこと)購入などしていました。

忘れもしません。
その「DTP WORLD」2004年5月号。

その当時、DTP(デスクトップパブリッシング。主に出版業などのデザイン等を行う仕事)
なんて職種は全く知りませんでした。

ですが、本屋でたまたま見かけた黄色い色の雑誌。
その派手な雑誌に目が付き、ぱらぱらっと読むとその中には、
いろいろなレコードジャケットを真似したポスター、雑誌のページなどの
デザインサンプルが、たくさん掲載されていました。

元々、デザインに多少興味があったので
そのデザインなどに一目ぼれをし、即買いしちゃいました。

帰宅して読みかえしてみると、うむうむ。

どうやらそれは、パソコンで雑誌などのデザインをするテクが
書かれている雑誌のようです。

しかも、その雑誌に掲載されている広告を読むと
WEBスクールってものに入って、勉強すれば
卒業する時には仕事も提供してもらえると書いてある!

こりゃいい。
デザインスキルもついて、仕事も斡旋してくれる。
デザイナーになれるんだ!

なんて考えて、大金払ってあるWEBスクールに入りました。

そこでパソコンをやっと購入し、今に至ります。

って、おい!
さらっとしすぎだろう。
こんなに引っ張っといて。

ってことで
あとの経緯は、書くとクソ長くなりそうなんで書きませんが
簡単に説明すると、

WEBスクールに入る際、いろいろなコースがあり、
最初はDTPコースに入ろうとしていたにも関わらず
コース名を間違え、WEBコースに入ってしまう。

入った後に間違えていた事に気づき、その当時DTPの職は
儲からないという情報を得る。
その為、まあいっか。と思い、そのままWEBコースを続ける。

WEBソフト(PhotoshopとかIllustratorとか)を勉強しながら
何とか使えるようにはなる。

その後、父親が亡くなる。
ショックで、仕事以外なにもやる気がおきなくなり
WEBスクールフェイドアウト。

そのWEBスクールには通っていたことを履歴書に書き、
WEBとは関係の無いIT系派遣会社へ登録。

未経験、スキルなしにも関わらず、ごり押しで
IT系会社へ配属。

しばらく、その仕事を続けた後、もっとスキルを上げる、
収入を上げる為にそのIT系会社を辞める。

リーマンショック勃発。

仕事が見つからない。

派遣会社の事務所待機という名目の実質無職。その間、約1年。

新宿 花園神社の近くの派遣事務所で、待機中に
事務所内にタバコを吸う場所が無かった為、
タバコを吸う時は、近くの新宿保健所の喫煙所でタバコを吸う。

その時、周りには浮浪者、無職の人たちで日中にぎわう。
自分の未来を見ているようでダークな気分になる。

その後、勤務先が決まるが
その他もろもろのIT系会社へ、たらいまわしになり
現在にいたる。

そんな過去でした。
まあ、もっとひどい過去をお持ちの方はいらっしゃるんでしょうけど
人は人、自分は自分なんで。

結構、つらい時もありました。
本当の初心者から初めて、無理やりこなした仕事もありました。

でも、その時々の職種のスキルはついたし
やっとパソコンに出会い、
こうして現在アフィリエイトに出会って、
がんばって実践しているところです。

だから今、副業、アフィリエイトを始めようとしているあなた。

今の現状、環境はどんなものだかは知りません。
過去はもう変えられないし、未来の事はわかりませんよ

でも、やってみなくちゃわからない事ってあります。
現に僕は、何かの仕事を始める時はいつも素人。
いつも初心者です

誰だってそうですけど。

でも、何とかなるもんです。
初めてしまえば、何とかなってきました。

リスク?
そんな事考えるな

成功の保障?
そんなの知りません

もし、稼げなかったらどうするんだ?
自己責任です

もう、自分で決めましょう
大人でしょう

20歳を超えたらもう大人。
大人は自分で選択して、自分で決める。

そうでしょう。

やってから考えましょうよ
もう子供じゃないんだから
脳みそ使って、フル回転して
大人なんだからバカになってやりましょうよ

リスクなんて考えている暇があったら
その自分の気持ちを文章に変えて
自己表現してみたらどうですか?

その感情を文章にぶつけてみたらどうですか?
きっとそれに、共感してくれるお客様が現れてくれると断言します

きっと、わかってくれるお客様がいます。
そして、お客様とともに稼いで、稼いで、自由になろうじゃありませんか

ぼくより悲惨な現状のあなた。
ぼくより余裕のあるあなた。

それでも、目指す道は一緒ですよね。
稼ぎたいという目標は一緒ですよね。

がんばりましょう。勝つまでは。

そして最後に、稼ぐ道につながる細い入り口に気づいてくれた
10年ほど前の自分にありがとうと言いたい。

パソコンに興味がなかった僕が
パソコンを使うようになり
着々と今のアフィリエイトを始めるまでの
道のりを歩いていってくれた。

本当にありがとう。

ちょっと人より歩みは遅かったけど、
こうなる事は必然だったような気がしています。

そして僕と一緒にネットビジネスを学び、一緒に稼いで
自由な生活、自由な時間を楽しんでいきましょう!

2010年10月16日

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